味を守って40年 みんなの“おうちの味”いちじょうのたれ
いちじょうの南蛮漬たれ

昔からある南蛮漬けの味。家庭によって少しずつ違うものの、手軽においしく作れるものを。使い道いろいろの南蛮漬けのたれは、家庭料理の強い味方だ。
小さな工場で作られる大きな驚き
山郷の立派な古民家。あたりには醤油と生姜のいい香りが漂う。その傍らに建てられた小さな工場の中で、おじいさんがひとり、せっせと立ち働いている。大きな鍋を混ぜ、頃合いを見て火を止める。まだぐらぐらと沸き立つうちに中身の液体を濾してえっちらおっちら、こぼさないよう運んですぐさま瓶詰めの作業。液体はほんのりととろみがあり、つややかなしょうゆだれだ。

一通り作業が終わると、今度は油を温めはじめ、その間に鶏肉に揚げ粉をつけていく。あっという間に鶏のから揚げを作り、先ほど出来立てのたれに次々にくぐらせていく。「はい、鶏南蛮! 召し上がれ~」と出されたそれはまるでお店の商品のよう。ものの数分でできあがるその手際のよさにも驚かされるが、一口食べてみるとカリッじゅわ~っとなるその食感、そしてその味に「おお!」と思わず歓声をあげてしまう。

揚げ物なのにさっぱり、強めの甘味がジューシーな肉汁とからんでその味を引き立て、醤油のいい香りが鼻を抜けていく。おじいさんは鶏肉自体には特に味をつけていなかった。だから、このたれが味の秘訣であることは間違いない。これが、「いちじょうの南蛮漬たれ」である。
でしゃばらない陰の仕事人
「南蛮」という言葉の定義にはいろいろあるが、料理の場合は長ネギと唐辛子を用いたもののことを指す。「南蛮漬け」とはネギと唐辛子、そして甘酢を揚げ物にかけた料理のことである。「酢を強めにしたり、辛味を効かせたりと家庭によって味が違うものだけれども、野菜などを冬に食べるためにこのあたりでは昔からよく作られていた」と、先述のたれを作っていた有限会社いちじょう 社長の一條氏。かつてスーパーマーケットの惣菜を作る仕事をしていた経験から、インスタントに使えるものをと「いちじょうの南蛮漬たれ」を考案した。古川の醤油に生姜を加え、はちみつ、砂糖、水飴など極力天然のもので甘味を加える。唐辛子や酢は控えめに。というのも、この南蛮漬たれはこれひとつでも完成したたれではあるが、一條氏としては「ベースとして使ってほしい」と考えているという。もっと酸味の強い南蛮漬けが好みなら酢を加えて。大人向けに唐辛子を増やしてもいい。


ニンニクをすりおろして入れれば焼き肉のたれにもなるし、これさえあればほんのひと手間を加えるだけで自分好みの味になる、家庭料理の手助けとなるアイテムなのだ。ただたれをからめるだけでもおいしいが、ひと晩漬け込めばよりマイルドに、また、素材がやわらかくなり小さな子どもにも食べやすくなる。忙しい中、それでも家族においしいものを食べさせたい、と惣菜コーナーに足を運ぶ人々を長年見ていたからこそ、そのニーズに応える商品開発ができたのである。


昭和55年10月に独立して、2020年で実に40年。たれの調理から瓶詰め、ラベル貼りにいたるまですべて手作りで行うそのスタイルは今でも変わらない。現在人気の“時短料理”の救世主にもなりえるが、ていねいに手作りしているがゆえ量産できず、「いちじょうの南蛮漬たれ」はなかなか手に入れられないのが現状だ。
とはいえ、一條氏はひとり、せっせとたれを作り続ける。催事などへの出店で全国へ出張することもあり、そのたびにリピーターの存在をひしと感じるからだ。じっとしているのが性に合わないこともある。とにかく、次から次へと仕事を見つけては作業をし続ける。この忙しさだからこそ、時短料理の必要性を感じて、このたれの開発にいたったのかもしれない。まだ“時短”が今ほど認められてはいなかった時代に、手軽においしいものをさっと作ることができ、しかもそれぞれの家庭らしい味付けを加えることができる。歓迎されるのも納得だ。
南蛮漬けは鶏モモやイワシだけでなく、牡蠣やゴボウ、レンコンもイケる。焼き茄子にかけていただくのもいいし、もやしと豚バラ肉をラップして電子レンジで加熱調理したものにかけてもいい。次々と自らメニューまで考案する一條氏。たれのひと瓶ひと瓶に、忙しい人の手助けになれれば、という彼のひたむきな想いが詰まっている。