「私は本当に幸せな人間」
運命に導かれてできた極上さんまのみりん干し

有限会社いかや

女川の干物店『いかや』店主の阿部秀次氏。数々の苦難を乗り越えられたのも「人のおかげ」と感謝の気持ちを忘れない。

噛めばさんまの脂がじゅわっと口の中に広がる、みりん干し。脂がのった三陸のさんまならではの逸品だ。津波で多くを失った店主はいま、大きな幸せを胸に全国で女川のさんまを売り歩く。

命からがら、助かったものの

“あの日”。海産物の干物専門店『いかや』店主の阿部秀次氏は、仕事で仙台にいた。東日本大震災に誘発されて起こった大津波。『いかや』の工場は女川町の沿岸部にある。たまたま、工場の前で道路工事をしていた作業員たちが、工場で働く人たちに「津波がくる! 早く逃げろ!!」と声をかけてくれたため、彼女たちは命からがら逃げおおせることができた。だが工場は波にのまれ、跡形もなくなったという。自社ビルのローンを完済した直後のことだった。
幸い、自宅は高台にあったため難を逃れた。ここで仕事を再開できるかもしれない。材料を卸してくれる業者も被災していてほぼ全滅状態だったが、知人のつてで、さんまをわけてもらえることになり、その年の5月には千葉県柏市のデパートに出品できるめどがついた。

天気のいいときにしか作業はできない。人の手でできる最大限の量しか生産しない、極めて小規模な『いかや』の“工場”。作業は自宅の駐車場があった場所を利用して行われる。

人情からつながるご縁

工場といっても、『いかや』の仕事は極めて小規模だ。なにもかも手作り。朝、港に揚がったばかりの鮮魚を買ってきてわたを抜き、天日で1日干す。さばくところから手でやるのは、機械を使うと骨の周りのおいしいところも骨と一緒に取り除かれてしまうためだ。天日で干したものと、ひと晩たれに漬けて干したみりん干しと。作業するのは魚のエキスパートばかり。魚に触れて65年というツワモノもいる。「なじみの魚屋の旦那さんがね、突然亡くなったので店をたたむと聞いて、その奥さんに来てもらった」と、恩義から雇い入れたが、彼女から教えてもらったノウハウが改良に活かされ商品開発にもつながっている。振り返ってみれば、こんなちょっとしたご縁が『いかや』を盛り立て、支えてくれて今に至る。

カチカチの干物ではないのは、ふっくら脂ののった三陸のさんまだから。あぶると香ばしい脂の香りが漂い、実に食欲をそそる。骨は簡単に外れるので食べやすく、1匹ぺろりといただけてしまう。

人々の情に助けられた日々

「人に助けられている」。被災したことでより一層そのことを痛感したが、特に印象的なのは催事場での出来事だ。
 先述のとおり、被災を免れた知人からさんまを譲り受けたことで、震災からわずか2カ月で物産展に出品できるようになった。『北海道展』の片隅に出店させてもらったときは、デパートの人がわずか5社の宮城県からの出店者のために、声を張り上げて「宮城のお店はこちらです!」とお客を誘導してくれた。また、毎年出店していたデパートにやっと出店できたときは「お客様からお手紙を預かっている」と、手紙を手渡された。内容は、阿部氏の安否を案ずるもの。無事で、どこかのデパートに出店していないか、あちこち探しまわったと書かれていた。「読んだときは、思わず泣いてしまいました」と、今も当時の感情を思い出して目をうるませる。その後、実際にそのデパートに出店したときは、手紙の送り主と涙の対面をしたという。
 「催事場ではついついお客さんと話し込んで、深い付き合いになってしまうんですよね」。阿部氏の人柄にほれ込むのか、全国にファンが多いのだ。

いまも全国から便りをもらうことがあるのだそう。デパートの催事では毎日でも買いに来てくれる人も。「そんなに毎日食べないだろうに、ありがたいねぇ」。

幸せをかみしめて

実は阿部氏、闘病しながらの再建だった。だが、こうしたファンの人々や働いてくれている従業員によって支えられ、この苦境を乗り越えることができたのだという。
 故郷にひとりになった母を想ってサラリーマンを辞めて帰郷し、あれよあれよという間に始めた仕事だが、大きな多幸感を得ている。「私は本当に幸せな男ですよ」。しみじみと情感を込めて話す阿部氏の表情はこのうえなく穏やかで、苦難の人生をまるで感じさせない。
 壁にかかったスケジュール表には、西へ東へと予定がびっしり。全国を飛び回って忙しいが、「こうして呼んでいただけるのも、待っていてくれるお客様がいるからこそ。まだまだがんばりますよ」と頼もしい。きっとファンの人々も、ご主人との再会を心待ちにしているに違いない。

真摯でありながらユーモアもたっぷりの阿部氏は、お話していると時を忘れてしまうほど、魅力にあふれている。全国にファンが多いというのもうなずける。

企業情報COMPANY

企業名 有限会社いかや
住所 宮城県牡鹿郡女川町旭が丘2-11-10
TEL 0225-54-4767
URL -
商品ページ https://umaimon.smrj.go.jp/product/detail/33.html
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